今日が人生最後の日

大好きな旦那っちに逢いに行くその日まで。。。

あたえられた道


大人になるっていうことは、

「自分で決める」

と言うことだと以前書いた。

それは自分の事ばかりではない


母のこれからのこと

決定権は私にある


兄弟がいないので

すべて私が決めることになる


数人の人から言われた


一人でよかったかもね。

兄弟がいても助けてくれるとは

限らないから。

親戚も近くにいなくてよかったね。

いろんなこと言われるから。


なんとも私には別世界の話に聞こえるが、

このたぐいの話は

今回のことがあって

いろんな人から話を聞くことになった。


世間知らずの私は

知らなかったのである。

血のつながりがあったとしても。。。

という現実。


本当にわからないものだ。

人との関係は複雑だ。

関わってくる人達によっても

一変することがある。


今のところ私は助かっている。

母のことを気にかけてくれている叔母と

その子供である従兄弟は

私と同い年で仲が良い。

助けてほしいと言えば

手伝ってもらえる。


そしてなにより旦那っちの母上。

こんなに近くにいて

姑が頼りになってくれるなんて

きっと本当にまれなんじゃないかと思う。

こんな私が上手くやっていけるなんて。

たぶん旦那っちの家族でないと

私はやっていけなかったと思う。

これはいろんな人に前から言っている話だ。


一人で考えていると

頭がぐるぐるするのは確かだが、

「ぴょこりんがいいと思ったら、

 それでいいと思うよ」と

 みんな言ってくれる。


もちろん、助言はある。

いろんな話を聞く。

そこからない頭をフル回転させて

自分なりに答えを導き出す


自分と違う意見だったとしても

歩み寄ろうとする力はついた。

一番いい答えを見つけるために


誰が決めるわけでもない

決めるのは私

だからそこで完結する


そういう決定権をもらえたこと


それは偶然ではないと思う

なぜかそう思う


いっぱい考えることがあって

吐き気がするときもあるけど

きっとこれが一番納得いく進み方


誰のせいでもなく

最後は一人で決めた答えだから


誰に文句を言うこともない


有り難いことだ

本当に


これが与えられた

私の道なんだ



あの時、すとんと落ちてきた

言葉を思い出した。


ぴょこりんがそうしたいなら、

そうしていいよ。。。


まぁ、あの時のことは

どの口が言ってんだと思うが


旦那っちが

好きにさせてくれたように

守られている気がする。

誰にも邪魔されないように


大変だけど

それを選ぶこと知ってたんだよね。

やっぱりわかってるね私のこと。

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